今日の風

日々の風を送ります
0312345678910111213141516171819202122232425262728293005

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【 --/--/-- (--) 】 スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

被災地にて2~いわき市豊間地区

6日に出向いたいわき市豊間地区に再び行くことが出来た。
今回は個人宅の片づけ。

3週間経過したが、整然と片付けられつつある中、手つかずの現状が多い事を目の当たりにする。
いや、正確にいえば確実に前には進んでいるのだ。

生きている事から生きていく段階に進んでいくにあたって立ちはだかっている事が余りにも大きく
そして多い。一端しか見えないがそう感じた。

住んでいる方々にとって今一番恐れていることはコミュニティの崩壊ではないかとも。
ビジョンを見せねば若い世代は戻ってこられない。

仮設住宅の申し込みや周辺住宅への申し込み、転居も進んではいる。
しかしながら場所は当然選ぶことはできない。
豊間しか私は知らないが避難生活をしているところ、仮設住宅が建設されている場所と言うのは
基本、海沿いから遠く(つまり被災地から遠い)今まで培ってきた人間関係はリセットされると
いうことを意味する。

被災して閉めなければいけなくなった企業も多い。それに伴う連鎖倒産も。
国を含めた行政が急務に行わねばならないことが多い。

今回は以前より細かいお話を伺った。

明るい話もあるが胸が塞ぐような話も多い。
震災直後に入られた窃盗団の存在
金銭だけではなく銅版の屋根や工場の機械、そんな大きなものまで持って行かれたのだと。


また、片づけをさせていただきながら今まで無作為に使っていた「瓦礫」と言う言葉に強烈な罪悪感を覚える。
かけらの一つ一つが生活であり片付けていく時間と空間はそこに存在していた証なのだ。

片付けている傍らで被災地を見に来ている方々が(その支度を見れば一目瞭然なのだ)勝手に外に出されている
アルバムや積み上げられているものを手にとり見ている。

言いようのない怒りと悲しさに昨日は襲われた。
だが自分とて大差ないんじゃないかという自責も。

こういう時に人の生き方が出るのだと言う事も小さなつぶやきの中から感じさせられる。

あまりにも無力な自分は話に耳を傾けることしかできない。

ただそのためにだけでもいい、これからもご迷惑にならないよう関わり続けて行こうと思う。

それでも嬉しかったことが一つ
7日に土砂を片付けさせていただいたお宅の方に再びお会いすることが出来た。
もう、この家には住まないと仰っていたのだが大工さんが入り綺麗になり始まっている。
「ようやく水も三日前に、電気も四日前にひいてもらえてね。半年家の中を乾かしたらまた戻ってこようと思っているんだよ」と。「また顔を見せてね」と言う言葉に強く頷き返すことしかできなかった私だ。

被災地は余震が続き、それによって倒壊が始まっている家もあるという。
雨が落ちてくると作業は中止される。
昨日も関東の青空とは裏腹に何度も雨が落ちてきた。

これ以上の被害が拡大しないよう祈るばかりである。

そして私自身にできることは体と心を鍛え、自分の生活基盤をさらにしっかりさせて行こうと言う事。
それが長く皆さんと関われることへ繋がると信じて。

DSC03396.jpg

*崩れた堤防。こういう箇所がいくつも見られる

DSC03390.jpg

*夫婦岩と呼ばれていた場所。津波によって一つの岩は流されてしまった

今回は帰りに小名浜漁港を経由
アクアマリンふくしまは残念ながらまだ再開まで時間はかかるかもしれない

DSC03398.jpg

http://blogs.yahoo.co.jp/fukushimaaqua

漁港に打ち上げられた船はまだ残る。
ただ市場は随分手入れが進んでいるように外観からは見える。
信号はまだ点灯していない(電気が通じていない証拠)
それでも開け始めている小さな店舗を確認

次回は3日に行く予定
家の片づけをすませねば(^^;;

これが些末な私の現実、、、、(苦笑)
スポンサーサイト
【 2011/04/30 (Sat) 】 豊間にて | TB(-) | CM(2)

お詫び。

GWになりましたね~
農家の我が家は何も変わりませんが(笑)
次女は大阪の友人宅へ高速バスで向かい、長女は夜勤、息子は遊び三昧、末っ子は宿題地獄、それぞれの
休日です。

先日から数日、FC2にログインできず「緊急メンテ」の文字が。
その後、なかなか繋げないでいたら~~~


が~~~ん


日記やコメントが消えている~~~(号泣)

そりゃ、無料だから文句言えないけどメンテだって告知なしだし~~~がっくりです。

コメントを寄せてくださった皆さま~ご心配かけました。

気を取り直してブーママさんちからの素晴らしいクリローをもう一回アップ!

P1070381.jpg


P1070380.jpg
【 2011/04/30 (Sat) 】 おしゃべり | TB(-) | CM(3)

白い春

朝は寒かったですね~~
それもそのはずです!
赤城山山頂は雪化粧。

体調を崩しやすい時期ですので留意したいですね。

桜が急ぎ足で散ったその後、我が家の春がやってきました。

梨の花の開花です。
雨が少なかったため気温が高くてもなかなか咲きそろわずようやく先週末より受粉作業が始まりました。

P1070387.jpg


ヒバリのさえずり、ミツバチの羽音
毎年変わらぬ光景に感謝しつつ
我が家の[白い春」が忙しく過ぎて行きます。

P1070395.jpg
【 2011/04/20 (Wed) 】 のほほん・・・ | TB(-) | CM(3)

呑んべゆえ。

ハナサケニッポン


味噌汁は三陸わかめ
八戸のシジミ

おお、忘れちゃいけない東北のお酒。

でも群馬の地酒も美味しいんだよー(笑)

呑んべの勝手に支援はどこまでも続く・・・・笑

*悲しい事ですが福島産のお酒にはこのような証明書がつくようになりました。

心から早期の収束を願わずにはいられません

【 2011/04/14 (Thu) 】 東日本大震災 | TB(-) | CM(0)

長くなる避難所生活~豊間の避難所にて聞いたこと

昨夜のNHKクローズアップ現代で避難所生活での健康について特集していた。

いわゆるエコノミー症候群だが水分を摂取する、塩分を控える、運動をする。。。

といった項目が並ぶ。

避難所に詰めていらっしゃるボランティアや市の職員の方々は本当に日夜

動いていらっしゃる。

そして避難所生活の方々の健康被害を何よりも気にされているように感じた。

「ここは高齢者も多く、皆血圧の薬などを服用している。ただもう長い避難生活になってきたため

皆、病院に行くことをあきらめてしまっている。医療ボランティアの方々も多く入ってこられているが

やはり生命危険の多い方が優先になってしまう。皆、動けるが運転できる人はいない。避難所同士の

連絡も取れない状況下の中、日々が流れていく。今欲しいのは物資ではなく、そうしたボランティアなんです」


県外から来たと告げたのにもかかわらず私に訴えかけてきてくれた職員の方に切迫感と危機感を感じた。

日々、変化していく被災地の暮らし。

なんとか声を届けたい。
【 2011/04/14 (Thu) 】 東日本大震災 | TB(-) | CM(0)

被災地にて~いわき市豊間地区

昨日、4月5日いわき市の豊間地区に出向きました。
いわき市も海岸沿いはいわゆる壊滅状態。小さな地域でのボランティアは
遅れているという事で急な話だけれどちょっと一緒に行ってもらえないだろうかと
言う声掛けを戴き何が出来るのかもわからない状態でしたが出かけました。

今回は車一台でという少人数であること、これから長い先も支援していくという心
で臨んでほしいという言葉に私の気持ちは一致しました。

開通したばかりの北関東道を走っていると栃木の壬生あたりから瓦屋根が損壊し
ブルーシートで覆われているのが多く見られます。
ただその中でも大きな鯉のぼりが泳いでいたり畑に出ている人々を見ると日常は動いているとも
感じます。

いわき市に入る前のPAはいわゆる緊急車両で満車。各地から来ている応援です(消防・自衛隊など)

美しい山あいを抜けていると波打つ道路はあるものの(道路状況はもしかしたら新潟の方が
ダメージがひどかったかも)本当に被災地は近いのだろうかと感じられました。
周辺の人々が動けるのだ!
まずこの事を再確認しました。
報道だけを見ているとついついその中に引きずり込まれ自らが時間をとめてしまいます。

峠を越えると急に汚泥の匂いが車中に入ってきました。道路が開いているものの両脇には
がれきの山と家が建っていた痕跡が続きます。


DSC03384.jpg


3日に入った時にはまだ道はほとんど開いていなかった、そんな風に私を連れて行って下さった方は
驚いて言っていました。わずか三日の間に重機が道をあけそして住民が片付けへの段階に入って行った
という事なのです。

家屋にはこの家を壊すことに同意しますと言う張り紙が無数に張られています。
数日後から解体工事が始まるために昨日は住民の方が多く自宅に戻られていました。

いわき市からのボランティアもようやく稼働し始めたとのことで全国からのボラを含め
振り分けられています。

持ち主の方の同意を受けながら押し寄せてきた瓦礫と砂を片付けさせていただきましたが
片付けることより何よりも話を伺うことも重要だと感じさせられました。

ある方は平成16年に起きた津波の写真(スマトラ沖地震による津波)を見せて下さりそれが今までで最大だったが・・・と
震災当日の事を話され、またある人は完成間近だったパッチワークの大きな作品が見つかないのだと。
我が家はあっという間に流されて三階部分だけが端に引っ掛かって見つかったと話して下さった方。
初日から遺体捜査を含め奔走しつつも自衛隊の方々に感謝している方

すべての人々の話から前に進まざるを得ない部分と理不尽に止まってしまった時間とのギャップを
感じさせられました。

炊き出しボランティアの希望があると言う事でいくつかの避難所も回らせていただきました。
行政もなかなか細かく行きとどかない部分もあると思いますが皆が情報を共有し日常を過ごす工夫に
進んでいました。

被災地から離れている自分達が今、気になっているのはおそらく救援物資とボランティアかなと思い
書き出してみます。

*救援物資は恐らく足りている。
少なくとも「ありません」と言えば次の日には届いている。
大きな体育館二箇所回ってみたがすでに救援物資が避難所を圧迫しつつある部分も。
物資を送ろうと考えていらっしゃる方はかなりピンポイントにしかもリアルタイムに連絡を取った方が
先方にも迷惑をかけないのではないだろうか。

*住宅
仮設住宅も急ピッチで進められていました。

DSC03386.jpg


いわき市の場合ですが市内の空きアパートを一年無償で貸し出す(被災状況に応じて)という方針を
固めたようです。実際、アパートが決まったと話して下さった方がいました。
先にも書きましたが周辺は日常生活を送っています。地域にもよると思いますが遠方に避難してくる
より安心だと感じました。なぜならば地元に近い方がすべての情報(補償を含め)が近いからです。



*炊き出しを考えている方
日中は仕事や自宅のあった場所に訪れている人が多い
出来れば夜が嬉しいとのこと。その際には地元社協などが窓口になっているので必ず連絡をして
出向きたい。

*医療の整備
これは遠方からではどうにもならない部分がある
日々の投薬を受けたい高齢者が数多くいる。
医療スタッフも多数入っているとのことだが残念ながらすべてに対応しきれないのが現状。
避難されているかたは足さえあれば(つまり病院に連れて行ってもらえる)自分で行きたいと考え
ている。これから地元行政に早急に対応していただけることを望む

*掃除ボラなど
瓦礫の撤去や自宅の掃除など、これからおそらく必要になってくる。
だが心に土足で押しつけるような形では入ってはいけないと感じた。
あくまでも地元の窓口を確認しつつ継続的にが望ましいのでは

では自分が出来ることやれることは?

時間が経過した時、支援してもらえないのではないだろうかという気持ちを皆さんお持ちだった。
数か月たった時、世の中はおそらく覚えていないだろうと。

支援物資を送るのであれば今ではなく、復興が本格的になった時に必要なものを。

何よりもお金が一番、つまり最終的には税金かな、友人とはそんな話も出ました。

最後に

ボランティアにはいわき市内の若い方が多数入っていました。
「原発不安があって家から出られませんでした。ようやくボラの声もかかったんです」
「大学は25日からの予定ですが正直原発があるのでわかりません。ただ地元からはたくさんの人が働きに行っているし・・・」

やはり原発問題が収束しない限り厳しい状況であることは間違いないのでしょう。

これは周辺に住む方だけの問題ではないと思っています。
全国に原子力発電があり処理場がある。

すべての人がこれからどの道を選んでいくのか考える、考えねばならない問題なのだとも。
原発やむなしでも、原発賛成でも、原発反対でも。


昨日はいわき市内の小・中学校で入学式でした。
黄色いカバーのランドセル、真新しい中学の制服に身を包んだ姿はほっとさせられました。
時代を紡ぐためにも考えて行きたいと思った一日です。




【 2011/04/07 (Thu) 】 豊間にて | TB(-) | CM(4)
プロフィール

karonagata

Author:karonagata
好きなこと

お喋り・笑うこと・映画を見ること・寝ること・本を読む事・食いしんぼすること・琥珀色の液体をたしなむこと。。。

そんなkaroの日々のお喋りです。
ヨロシクね☆

最近のトラックバック
月別アーカイブ
ブログ内検索


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。